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黒いフィットの女の子 (完結作品)

作: 花のありす

黒いフィットの女の子


 はっくしょん!春なのになんか寒い。誰か噂でもしているのだろうか。くしゃみを三回した。雨がよく降る春だ。おかげで車の洗車もろくにできない。バニラクレムのフィットはウサギの顔をしていてかわいい。男のくせにかわいいとかそんな理由で車を買うのはちょっとどうかと思うのだが、町ですれ違う同じ色の同じ車にはつい目がいってしまう。同じものを選ぶ偶然というか感性にその人はどんな人なんだろうかと思ってしまう。
 とりわけ黒のフィットを見ると僕の感情は異常に高まる。それは黒のフィットに乗っている女の子が好きだからだ。その女の子は黒のフィットに乗っていた。あれは確か3年前の夏だった。
「同じ車に乗ってるんやー。」その頃はそれだけで、僕は彼女と何か運命的なつながりや偶然を感じた。「ピアノが弾けるん!オレも今ピアノを習ってるところやに。」そんな偶然を一つ一つ見つけては喜んでいた。職場の喫煙所ではよく一緒にタバコを吸ってはそんなお話をしていたものだ。やがてその場所はファミリーレストランに変わり、映画館に変わり、家に招待したり、されたりはしなかったが、ともかくよく話をした。
「僕たち付き合ってるよね。」と『花とアリス』に出てくるような愚にもつかぬ質問をぶつけたこともあった。そのたびに彼女はあいまいな返事をし、僕の心を傷つけたものだ。
 しかし人間というものは全てを自分の都合のいい方に解釈しようとするもので、その度に僕は大丈夫、あんな笑顔を返してくれるのだからだとか、あんなに手を振ってお別れを惜しんでくれるのだからと自分を慰めていた。そしてそんな彼女のやさしさを感じていた。黒いフィットの女の子、夜は短し走れよ乙女。

 僕は彼女の頼みごとなら喜んで引き受けた。「タバコ一本もらっていい?」から筆舌に尽くし難いことまで。僕にとってそれは頼みごとではなくて頼りにされているという喜びであったのだろう。僕は一人の人を好きになることがこんなにも嬉しいことなのだと知った。
 僕たちはよく夜のドライブをした。それは僕が夜を好んだからではなく彼女が夜を好んだからだ。彼女は自分のことを「夜の女」と自嘲気味に語ることがあったが敢えて僕はそれを否定しなかった。彼女はお昼寝を好む。あんまりよく眠るので僕は彼女が何か不治の病に侵されているのではないだろうかと友達やお医者さんに相談したこともあるほどだ。彼女は自分のことを「蓑虫」とも言った。
 別府湾を望む夜の別大国道は夜景がとてもきれいだ。「見て、すごいきれい。」と僕が言うと彼女はとっさに「やだあ、照れるやん。」などとは言わなかったが、素直に頷いたものだ。そしてマックのドライブスルーで買ったポテトとジュースをほおばりながらカーステレオから流れてくる絢香の歌を上手に口ずさんでいた。時折「ああ〜」とすっとんきょうな声を出して僕をわらわせてくれた。「だって楽しいもん。」それは僕にとって最高の褒め言葉だった。そして僕は彼女がよろこんでくれることが最高に嬉しかった。
 バニラクレムのフィットはその色に似合わず、子供の寝る時間も忘れてランランと明かりを灯し別府の山々を駆け巡っていた。きっとランランというエンジン音を響かせながら。黒いフィットの女の子、夜は短し走れよ乙女。

「ねえ、AIDSって知ってる?」彼女は唐突に聞いてきた。「どんな病気なんかなあ。」と携帯のサイトを検索しながら聞いてくる。
 そりゃあエイズっていったら、感染後に一週間くらい40度近い高熱をだして、それから1年から10年くらいの潜伏期間を経て、発症したら無菌室みたいな所に入れられて、どんどん免疫力がなくなって最後はカリニ肺炎とかいうカビみたいな菌にやられて死んでいくんやろう。と僕は知っているエイズについての事柄をぼそぼそと話した。「ああそんなこと書いちょん。」と彼女は何も今ここで、調べなくともいいようなことを調べている。しかも誰でも知っているようなことを。「怖いよなあ、もし好きな人がエイズやったら・・・もし好きな人がエイズやったらどうする?」彼女は聞いた。「一緒に死ねばいいやん。」僕は答えた。彼女は一瞬きょとんとしたまま「ああ・・・」とだけ答えると「怖いよなあ」とまた言った。「何かお茶でも取ってくるよ。何がいい?」僕はそう言うと、ファミリーレストランのドリンクバーへコーヒーを取りに行った。
 それから僕らはひとしきりお互いの夢について語り合った。僕は彼女へ株式投資のすばらしさを語り、この社会ではお金を働かせることによって資産をどんどん増やしていける。お金持ちとそうでない人の違いはそれを知っているかどうかなんだと熱烈に語った。そして僕は前者になるんだと。彼女はふんふんと目を輝かせながら、僕の話に聞き入っていた。そして彼女は将来、家を買ってそこで子供たちにピアノのレッスンをして暮らすのが夢だと彼女らしいささやかな夢をこぼした・・・。「コン、コン、前の車止まりなさい!」気づくと後ろには警察のパトカーがいた。飲酒運転の取り締まりだった。相も変わらず僕たちはおしゃべりに夢中でのろのろと大分の町を走っていたために飲酒運転と間違われたのだった。「いやあゴールドカードですか、失礼しました。」警察官は事情を説明するとそそくさと退散していった。 
「僕たちは無敵だ、もはや誰からも邪魔されない!」警察のお墨付きをもらった二人は笑顔をかわし、彼女は僕にタバコを勧めてくれる。僕の運転が危うくなることも恐れずに。僕は若干フィットのスピードを上げると夜の町を駆けた。黒いフィットの女の子、夜は短し走れよ乙女。

彼女は黒いフィットに乗ってよく僕の家に遊びに来た。僕の家にはピアノがあった。彼女はピアノを奏でる。そして彼女は僕と僕のピアノを喜ばせた。僕はこのピアノからこんな美しい音が出るのだということに素直に驚いた。ジムノぺティ第一番。僕が弾きたくてその腕前もないのに買っては眺めていた楽譜を彼女は手にとると、さらさらと弾き始めた。その瞬間、僕の部屋の空気は音楽に満たされた。一瞬の静寂すら音楽の一部でありそれは画家が白い絵の具を使う代わりにキャンバスの白地を使って絵を完成させるように全ての存在がジムノぺティという音楽を完成させるために動いているように思えた。僕はコーヒーを淹れながらしばし彼女の弾く音楽の世界に浸っていた。「すごいよ、すごいよ。」僕はまるで子供のようにはしゃいでいた。「すごくないわあ。」彼女は謙遜するが、ピアノをかじっていた僕には彼女のすごさが身にしみた。聞けば、彼女は三歳の頃からピアノを始めた。ローマは一日にしてならず、そんな言葉が僕の頭をよぎった。僕にないものを彼女は持ち、彼女にないものを僕は持っているのだろうか。そんな疑問も頭をかすめる。
 僕はこのあいだ、ピアノ教室の発表会があって、ショパンのノクターンを弾いたことを告げると、「なんで呼んでくれんかったん、行ったのに。」と彼女は言った。「いや人に聞かせる程のものじゃないから。」と僕は謙遜した、そしてこれが謙遜の正しい使い方だよと彼女に教えてあげたいと思った。でも彼女の言葉はすごく嬉しい。もっと早く言えばよかったと僕は心秘かに思ったものだ。音楽、それは人の心と心をつなぐ会話のような、言葉にならない人の思いを僕の心に伝えてくれる。少なくとも彼女の「言葉」は僕の胸を打ち、僕はいつまでもその「言葉」を胸に刻んでおこうと思った。黒いフィットの女の子、夜は短し走れよ乙女。

 世の中には立派な肩書を持っていながら私生活では目もあてられないことを平気でやっている輩がいるものだ。ある日彼女は突然、夜の仕事を始めるかもしれないと僕に告げた。寝耳に水とはこの事を言うのだろう。僕はショックを受けた。昼間の仕事だけでは足りないのかい。こういう場合、あまり人のプライベートに干渉しないことが大人のマナーなのだろうが、事が事であるだけに僕はその話にまったをかけた。「君はそんな所で働くにはふさわしくない。」「取りあえずその話は断るんだ。」僕は彼女の父上が聞いたら落涙して喜ぶようなセリフを何の根拠もなく吐いていた。聞けば、彼女には借金があった。それは車の事故によってもたらされたものだった。その借金を返すために、正確にはある男に返すためにもっと働く必要があるのだと言った。その男はいわゆる公務員で、彼女がお金に困っている時に快くお金を貸してくれた人だった。
「なぜ、親に相談しなかったの?」と僕は聞くと「親には言えなかった。」と答えにならない答えを返した。その男は親には言えない彼女の弱みにつけ込み、彼女を籠絡しようとしていた。妻子を持ちながら、お金を貸してやっているのだから、食事に付き合えと言ってきたり、下着を買ってきてはこれを着けろと言ったり、挙句の果てにはホテルに呼びだして、性的な関係を強要しようとしていた。もちろん彼女は拒絶した。するとその男は掌を返したように、貸したお金に利子をつけて返済を求めてきたのだった。そして、彼女に会う度に彼女のブランド物のバッグなどを勝手に奪い取り持って帰っていった。
 僕ははらわたが煮えくり返るような怒りを覚えた。そんな男に利子など払う必要はない。借りたお金を返せば十分だ、それで終わりだ。むしろこちらが訴えてやればいんだ。僕が彼女にそう言うと、彼女は不安そうに僕を見つめていた。そしてその話は僕が責任をもって片をつけた。
 それからしばらくしてからだった。彼女が高熱を出して仕事をちょくちょく休むようになったのは。黒いフィットの女の子、夜は短し走れよ乙女。

 後天性免疫不全症候群、それが彼女の病名だった。彼女はそのことをおくびにも出さずずっと心に抱えて生きていた。今思えばあの時、あの場所での何気ない会話に彼女の心の叫びを聞き取ってやるという知恵が僕には足りなかった。そして今それをどうこう言っても何も始まらない。彼女の免疫力は日増しに低下していった。彼女がなぜ感染し、それがどのようにして彼女の体を蝕んでいるのか僕は知らなかった。ただ分かるのは彼女が必要としたお金はそのためであったこと。そして彼女は必死に病魔と闘っていること。それだけだ。仕事場ではつとめて明るく振る舞っているように見えたが立っているのも辛そうな様子で休憩時間になるとへたへたと地べたに座り込んでしまう。そんな彼女を見ているのが僕は辛かった。もう辞めたいとこぼす彼女に僕はただ頷くしかなかった。そしてもうそう長く彼女といられないのだということが僕には信じられなかった。
 もうすぐ春がくる、そして彼女は桜の咲くころに生まれた。ちょっと早かったけれど、僕は彼女に手紙と白いハートの形のフラワーアレンジメントと「4℃」で買った四つ葉のクローバーのアクセサリーと考えられる限りのプレゼントを渡した。彼女の喜ぶ顔が見たかった。そして彼女は職場を去った。「辞めてもまた会おうね。」彼女は言った。「いつかまたピアノ弾きに行くね、君の好きなジムノぺティ第一番。」と笑顔でいった。
 彼女と過ごした時間や空間が目の前を通り過ぎて行く。彼女がいなくなった職場は僕には空っぽな箱だった。ただ毎日が虚しく淡々と過ぎて行く。そして僕は彼女の後を追うようにして会社を辞めた。しかしその後、僕たちが会うことはなかった。彼女はほどなくしてこの世を去っていった。彼女は最後までクローバーのアクセサリーを身につけていたという。そして「ホントにありがとう。素敵な手紙もありがとう。うれしいよ。もし起きれなかったらごめんよ。いつでも遊ぼうね、蓑虫は寝ますおやすみ。」というメッセージを僕に残した。
 彼女は本当によく眠った。僕は時折、黒いフィットを見ると今でも彼女が元気にこの町を走っていて、僕を見つけるとまるで小学生が手を振るように、何度も何度も振り返ってニコニコと笑っているのではないかと錯覚を起こす。少なくともこの町の夜に何処かに彼女は黒いフィットに乗って走り回っている。黒いフィットの女の子、夜は短し走れよ乙女。
                                               完


このお話は一部真実を含みますがその多くはフィクションです。


黒いフィットの女の子の日記

 はっくしょん!もう春なのになぜか寒い。誰か噂でもしているのかしら。私はお上品にくしゃみを三回しました。雨がよく降る春です。おかげで、今年の桜はもう見おさめでしょう。私は散りゆく桜の花びらにさよならを言うために、眠りについていたお布団から抜け出すとぷらぷらと近くの小学校のグランドにお散歩に出かけました。グランドでは子供たちが元気に野球の練習をしています。地獄の千本ノックでしょうか。運動が苦手な私にはとんと興味がわきません。それでも一所懸命にかわいらしい声を張り上げている姿を見ると、私はそのけなげさに、胸を打たれるのです。抱きしめたいなどとは思いませんが、そんな男の子の無邪気さに心惹かれるものがあるのです。
 私は元来無精なたちなので、雨が降っても風が吹いても愛車のフィットは野ざらしの刑にさせておきます。それを愛というのかという疑問反論は多々ございましょうが、見守る愛とだけ言っておきましょう。
 それでもこの間の黄砂の時にはさすがの私も見るに見かねて、洗車を余儀なくされました。そうして私が七転八倒しながら洗車をしていると、ふと彼のバニラクレムのフィットの色って確か黄砂の色だったなあと思いだしたのです。いつもピカピカに磨かれていたバニラクレムのフィットは今何色に輝いているのでしょうか。私は彼のことが好きなのです。あれはたしか三年前の夏でした。私たちが職場で、知り合ったのは。彼は最初、タバコは吸わないと言っていましたが、私が半ば強引に彼を誘ってニコチンのすばらしさを伝授したのでした。もちろん同じ銘柄のマルボロライトメンソールを。そこでは彼はよくちょっとクラクラするなどと軟弱な姿勢を示していましたが、しだいに「タバコ吸って帰ろうよ!」と目をキラキラさせながら私を誘ってくるようになりました。そして私も目をキラキラさせながらうんうんと頷いて応じたものでした。
 ひとしきり桜を見終えた私は家に帰って、お布団に潜り込み、ピアノの練習をそろそろ始めなきゃなあと思案にくれていますと携帯が鳴っています。誰かしら?私は携帯をとるとそれは彼からでした。「ちょっと家に来て!おもしろいものがあるから」とそれだけ言うとガチャンと電話を切るものですから、私は航空自衛隊のスクランブル発進さながらに取る物もとりあえず、黒いフィットに乗って彼の家に駆けつけたのでした。
「ピンポーン」「いらっしゃい、ちょっと汚いけれど入って。」彼はそういうと、にこにこ笑いながら、「ついにできたよ」と言います。「何ができたん?」私が聞くと、彼は言いました。「僕と君が主人公のお話だよ。感想が聞きたいんだ。」その紙切れを眺めると、そこにはこんな題名が書かれてありました。「黒いフィットの女の子、夜は短し走れよ乙女」と。それはとてもよくできたお話でした。こんな恋がしてみたいわと私は思ったのでした。

※この小説(ノベル)"黒いフィットの女の子"の著作権は花のありすさんに属します。

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