携帯版 歌詞GET

みんなの歌詞GET   ようこそ ゲスト さん   メンバー登録(無料)   ログイン  

投稿した小説(ノベル)にコメントがもらえるコミュニティ

小説(ノベル)

[広告]

都市 (完結作品)

作: あんた誰?

都市

「都市は生きていて、見るよりもおそらく、対話するものなんだ」
 案内人のグレシャム兄弟の弟の方がそんなことを言った。それから都市を巡る話が始まった。彼らは色んな都市のことを話した。僕が聞いたことのない都市が全部だったので、もしかしたら架空の都市なのかもしれない。
 当時の僕はお金がない写真家で、安い宿に泊まり、とにかく写真をたくさん撮った。おどろくべきことに往々にして、その地域に何週間か住んで人々とジェスチャーなんかを駆使して対話していくと、写真の見栄えも変わってくる。人々との交流を通して、真の被写体とは何なのかが突然わかってくる瞬間があった。それらの全部が全部商売になる写真とも限らないが、少なくとも僕はそういった瞬間を愛していた。
 世界そのものを撮ってみたい、といういささか妥当性と具体性を欠いた僕の理念が実行にうつされる第一段階として、まず僕の旅は、東南アジアから始まった。元々僕は都市部があんまり好きでもなかったし、それに美学も感じていなかったから、行くのはいつも農村地域か田舎の絶景だった。そこでは人々は時の流れに身を任せ、明日のスケジュールなんて言葉をまともに知らないという風情だった。もちろん一定のシビアさはあったものの、そうしたシビアさの上に成り立つ緩慢さが僕にはとても気に入った。そうすることによって、昼間から飲んでいる地酒や休憩がてらの思索的な日光浴も、堕落や怠惰とはまるで違っているように見えた。
 やがて僕は、中東を超えてヨーロッパに入り、ヨーロッパを超えてアメリカに行った。飛行機はいつも一番安い航空会社を選んだから、時々シートが硬すぎて眠れない時もあったが、旅には何の問題もなかった。発砲事件もなければバッグをひったくられることもなかった。唯一あったのは僕だけ値段を通常より高く言い渡されることだったが、それだって慣れてしまえばしかるべき対応がすぐにわかった。要するにこんなものはイニシエーションなのだ、と僕は思うようになった。一回通り抜けてしまえば、それはむしろ僕にとって良い会話の機会になった。
 それから僕はアフリカに行こうかアメリカ大陸へ行こうか迷った末に、結局アメリカを選択した。アメリカ西部の砂漠を見ておこうと考えた。アメリカ西部の砂漠は月と似ている、とどこかの作家が言っていたことを思い出した。月とアフリカの砂漠ならば、どうせなら月を見てみたいと思ったのだ。
 ユタに着くと、零細の観光会社のようなものがあり、そこでグレシャム兄妹は働いていた。彼らは車を走らせ、観光客に西部の砂漠について語った。ひどい風采の四輪駆動の車だったが、それでも僕はグレシャム兄弟の多弁な人柄と西部劇のような世界をしっとりと楽しんでいた。
 グレシャム兄弟は三〇歳と二八歳で、旅行を除けば、ずっとユタで暮らしていた。彼らの親が作った会社で働いていて、現在社員は叔父、両親、そしてグレシャム兄弟の三人ということだった。兄の方がよく喋って、弟の方はどちらかといえば控えめで衒学的ながらも、それでも僕に比べればやっぱり随分とよく喋った。彼らはアメリカ西部のインディアンの歴史、どこかにある秘宝の洞窟、そして壁画のことやモニュメントバレー周辺で暮らしているナホバ族のことを語った。
「でもね、俺たちはもっとすごいところに行ったことがあるんだ。あんたと同じ、孤独と世界を調和させるべく、旅人だった時期があったんだよ」
 と兄の方が言えば、
「うん。きっと世界中の誰もが知らない場所だよ」
 と弟が肯いた。そして都市を巡る話が始まった。農村地域と田舎を巡るこの旅の中で、ある意味皮肉なことに、結局彼らが語った都市の話が一番印象的だった。


 彼らはその都市を「レム」と言った。
 グレシャム兄弟によるとそれはロシアの西側に存在し、ウクライナ人も何人か住んでいるとのことだった。そこには時計が存在しなかった。時間という複雑な秩序をまとめるものがなかった。それでもその都市はその都市なりの秩序を持って動いていた。日が暮れたら店を閉める、牧師が鐘を鳴らしたらデートをしよう、等々、人々は不確定的な期限の中をすんなりと生きていた。
 誰ひとりとして腕時計を気にして走ったりしないし、誰ひとりとして買いたいものがあるときに店が閉じていることに不満を言うものはいなかった。できなかったことは明日やればいい。そもそも、一日くらい買い物を逃したからといって、あるいはデートや会議ができなかったからと言って、未来がある限り問題はないのだ。
明日や明後日にご飯を買えばいいし、最悪何もなかったら隣の家に言って事情を話せばちょっとくらい工面してくれた。今日は牧師さんが鐘を鳴らすのが遅すぎてデートの時間が短くなったね、なんて恋人や初々しい若者たちは笑い合っていた。取引や会議に誰かが来ないなら、集まった人でその人の家まで訪ねにいった(街自体は非常に小さいということだった)。
「あれこそが自由というものの一形態だと思ったね」
 と兄が言った。それから続けた。
「俺たちの国が始まってからずっと目指してきていたことをレムの住人はいとも簡単にやってのけていた。時計なんてものを知らない、まさにそれだけで。盲点だった。世界中の大都市にいる人間に教えてやりたいよ、その時計をみんながゴミ処理場に持って燃やしてしまえば、世界はきっと自由になる」
「そうだね」と弟が首肯した。「未来があるのはいいことだけど、未来に追われるのは人類の病気だ。でもどうしてこんな簡単なことができないんだろうね、僕たちは」
「わからない。でも時計が無くなったら大変だ」と僕は答えた。
「かもしれない」と弟は言った。「でも本当のところはどうなのか誰もわからないさ。一旦在ると知ってしまったものは、結局のところ、永遠に在り続ける。無いものを在ることにできないように、在るものを無いことにすることもできない。だから最終的に、もう僕たちには不可知の領域なのかもしれない」
「お前は本の読みすぎだ」と兄は弟に言った。「あの街にいる時、やっぱりそんなことを考えていたのか。いつも言っているだろ。やめとけ、頭がおかしくなるぞ」


 彼らはその都市を「ロープ」と言った。
 ロープがある場所は、なんと日本だとグレシャム兄は言った。お前は日本人だったな。なら一回行ってみるといい。防弾チョッキでも着てな。えっと確か、大阪にある、とか何とか言っていた。僕はひどく驚いて、日本にロープなんて地名はありえないと抗弁した。
「でもあるんだから仕方がない」と車を走らせながら兄は言う。「別に嘘つきって思ってくれても構わないよ。旅を少し愉快にする道化のエンターテイナーってことにしてくれても構わない。でも嘘をつくなら日本とは言わないさ。そんなすぐにばれる嘘ついたってしょうがない。どうせなら中国とかにする」
「うん、日本にロープは実在する」と弟が相槌をする。
 ロープは端的に言えば、カニバリズムの都市という具合だった。歩くだけで異臭が漂い、酒やコカインの匂いが昼間から飛散し、人々は仕事もせずにものを奪い合うだけだった。グレシャム兄弟はそこで大麻は吸引したが、覚せい剤やコカインなどには手を出さなかった。彼らはどこまでが日常生活に支障をきたさないかを知っていた。
 ロープは労働者と暴力団の街だった。捨てたられた運命の終着点だった。彼らが滞在している間にも発砲事件があり、人が銃殺され、あるいはその他の何人かも飢死していた。グレシャム兄弟はバッグをひとつひったくれられた。
「日本にあんなところがあるなんておもわなかったよ。でもロープの一番すごいところは、治安なんかじゃなくって、死体を人間が食っているところだった。腹が減ってしょうがないんだな、きっと。死体を大きな鍋にそのまんまぶちこんで、全員で死んだことを喜んでその煮物を食うんだ」
 兄が運転をしながら言った。すると弟が僕の方を向く。
「お祭り騒ぎだったよ。そういえば君は知っているかな? カニバリズムとカーニバルの語源は一緒だったって。そこにはささやかな信仰があるかもしれない――『人は人を食って生きている』とかね」
「でも確かに効率的だ」と兄は苦笑する。「灰にして燃やすのには金がかかるのに、そうしてしまえばタダ飯が食える。ロープの連中はひどく合理的だ」
「もしかしたら我々には不合理さも必要かもね」と僕は皮肉っぽく言った。
「うん」と弟が肯く。「近代以降僕たち人類は演算機能や合理性というものを人間の存在価値として認めていた。でもロープはそんなところに逆説をぶち込んでくる。即ち、合理的であればあるほどに、人は人から逸脱していくこともありえるってことを」
「そんなに難しく考えるなよ。ただ単に、ロープの連中は狂っていただけさ。腹が減ってしょうがないから狂っていただけなのさ」
 そう言って兄がアクセルを強く踏むと、車はあたり一面砂漠の殺風景な風景に加速して入り込んでいった。


 彼らはその都市を「オンライン」と言った。
「今まで行った中で最高の街だったよ」と弟が述べた。
 オンラインには、およそ通貨のようなものが存在しなかった。だから彼らもそこが正確にはどこの国に属しているかなんてわからなかった。ただ言葉を聞けば、それがスペイン語だということがわかった。紛争問題で名高いあのフォークランド諸島の近くにそれはあり、そして一つの島として都市ができていた。だからあるいは、それは独立した国家なのかもしれない、と弟が言ったが、かいつまんで言えば、どこの国かなんてわからない、けれどそこには都市がある、ということだった。
 オンラインの人々は全員が兼業アーティストだった。各々が絵を書き、詩を綴り、あるいは短編小説でも書いた。そしてそれが通貨そのものと言ってもよかった。つまり、自分の作品の価値が相手に認められればその作品と物を交換し、そうして売買は成立していた。その交換によって得た作品を売ることも認められるから、オンラインの中の大富豪はいわゆる美術収集家のディレッタントという位置づけになる。
「奇妙過ぎる」と僕は言った。「それで社会は成立しえるのだろうか」
「ところが成立していたよ」兄は返す。「平気な顔をして詩とりんご五個を交換していた。こんな叫び声もあったな、『この詩の価値がそんな安酒と一緒だと! ふざけるな!』、そんなことを真面目に怒り、そして話し合っている場所だった」
「けれど本当にみんな才能のある街だった。あれほど美的感覚に優れている人々が集まっているのに、どうしてそこから偉人がでないのか不思議だ」
 と弟が言うと、兄は苦笑いする。
「あいつらにとっては、作品は日常生活の枠内にしか過ぎないんだ。きっとね。しかしだからこそ誰もが本気だし、誰もがより良い作品を作ろうとしている。愛する女や子供を守るためにも、椅子を作っては他人の良作を手に入れ、絵や詩に打ち込んでは食料を手に入れようとしている」
「へえ、それは興味あるな」と僕は言った。「僕の写真は何かと交換してくれるだろうか」
「船で行くといいよ。多分東海岸に行けば、オンラインを通る船があるはずだ」
「オンラインはね」と弟が少し楽しそうに。「人の思想がどうあるべきかを教えてくれる。元々芸術はこんなものなんじゃないかって思わせてくれる。君はホメロスが後世に名を残そう、成り上がってやろう、とかそんな気持ちでイリアスを書いたと思うかな? そんなことはない。ただ日常の中で粛々と、隣人に見せながら、あの史上最大の叙事詩を書いていただけなんだよ」
 そして弟は愉快そうに口笛を吹いた。メロディはテイクイットイージーだった。


 彼らはその都市を「アライアンス」と言った。
 アライアンスは隠者の街だった。日本で言えば忍者村なんかと似ているのかもしれないが、それもきっと語弊のある例えだろう。どちらかと言えば世捨て人の街だ。世界中からこの世にとことん嫌気のさした知識人が集まってくる。だから修道僧の村なんかがイメージに近いのかもしれない。しかし彼らは共同体そのものを拒絶する。だからある目的のための集団という形は、彼らにとって忌憚するものなのだ。
 彼らは全員、自分で森に出かけ木の実や動物をとってきて、自分の庭に植えた野菜を食べて暮らしている。水も川からそのまんま持ってきたものを飲んだり、沸かしたりしている。他者とは極力関わらず、むしろ一切周りの人間がやっていることなんて気にしていないという雰囲気があるらしい。生活のために農業と狩猟をし、最低限の食事の後、ひたすらに本を読むというのが彼らのライフスタイルだった。その本は彼らがアライアンスに来る前に持ってきた二、三冊程度の本ということだった。
「あいつらは孤独を愛しすぎている」と兄はぶっきらぼうに。「なんか見ていてむしゃくしゃする連中だった。まるで俺たちなんていないかのように振舞うんだ。そして本と森や畑、自分たちの頭脳の世界こそが現実だと思いこんでやがる」
「でも僕は好きだったよ」と弟は言った。「全員がソローだ」
「ソロー?」と僕は言った。
「こいつの好きな思想家さ」と兄。
「『ウォールデン』は僕のバイブルでもある。だからアライアンスは嫌いじゃない。過剰に他人に対して無関心だけど、それだって要するに個人主義を徹底した現代社会そのものとも言えなくもない。案外そういう極端さの中に、僕たちのわからない何かが潜んでいることがあると思う」
「人は一人で生きていけるものなのかな? 真実に」と僕は言った。
「生きていたさ。のうのうと」と兄は答えた。「でもあいつらは一人で生きていける、とかそういう次元じゃないよ、おそらくな。そうじゃなくって、あいつらは一人でしか生きていけねえんだ。他人が大嫌いで自分が大好きな、倒錯的なナルシストの集まりなんだよ」
「でもなんだろう、そういう生活は憧れるな」
「プライドの高い世捨て人の集まりだぞ。地獄じゃないか?」
「けれどそこなら、そのプライドの高い世捨て人に関わる必要性も何もないわけだろ」
「まあ、確かにな」と兄は頭をかいた。
「実のところ、アライアンスでは犯罪もないし、何もないんだ」
 弟が僕にそう言ってきた。
「アライアンスが抱える問題は過度の孤立や孤独死だけど、それだってそれを望んでいる人間が来ているのだから問題はない。アライアンスでは薬物中毒も暴力も性犯罪も、何も起こらない。ただ人々は庭の野菜を食べ、魚をとったり兎を狩ったりして、そして数冊の本と永劫の思索に時間を預けて暮らしていく。そして、ただ死ぬのを待つだけなんだ」

※この小説(ノベル)"都市"の著作権はあんた誰?さんに属します。

この小説(ノベル)の評価
評価項目評価数
合計 0
[広告]

この小説(ノベル)のURLとリンクタグ

この小説(ノベル)のURL:
この小説(ノベル)のリンクタグ:

コメントを書く

登録済みのユーザーは ログイン してください。
登録済みでない方は 新規登録 してください。

新規メンバー登録(無料)
第4回みんなのライトノベルコンテスト「しまのわライトノベルコンテスト」
  • 公式サークル みんなの歌詞
  • 公式サークル みんなの詩(ポエム)
  • 公式サークル みんなの小説(ノベル)
  • 公式サークル みんなのイラスト
  • 公式サークル みんなの写真(フォト)

ランキング

※ここでは2018年5月17日のデイリー表示回数ランキングを表示しています。※同順位者が多すぎる場合はすべてを表示しきれない場合があります。

サポートサイト

J@P