携帯版 歌詞GET

みんなの歌詞GET   ようこそ ゲスト さん   メンバー登録(無料)   ログイン  

投稿した小説(ノベル)にコメントがもらえるコミュニティ

小説(ノベル)

[広告]

春のかたみ (完結作品)

作: Hob

ずっと東の小さな島に
冷たい風の通り過ぎた
海沿いの町がありました。


淡いパステルをかけたような
ひときわ大きな桜の木が
海の見渡せる高く細い丘の上に
一本静かに立っています。


薄いカーテンのようなさざなみと
どこまでもゆがむことのない水平線を眺めては、
海に浮かぶ一艘の船のように
小さな小さな花びらを
ゆらりと揺らしているのでした。


一本桜は青い光の粒に照らされて
シラシラたなびく絹布のようでもありました。


そんな海沿いの小さな町に
桃の香りを連れた風が
波の白さに誘われて
どこからか旅に訪れました。

春風と呼ばれるこの風が
海の波に近づきますと
ホウホウ小さな泡を発て
青の部分を追うように
ひときわ大きく長くなります。


「白波さん、こんにちは」

「今日は、ちかごろ冷たい風がなくなって良いね」

「そうですか」

「春風さんはあたたかくてていつでもぼくらの

 長い背を、すいと優しく押してくれる」

「そんならわたしも白波さんに
 いつでもあそんでもらっているもの」

そんなことを話しながら
春風はまた雲の上まで走りました。

「あすこのクジラはしょっぱい塩を出しているし、
 向こうの木の真下にはつくしが競って背比べをしているころでしょう」

再び雲の下へ出るなり
春風はどうにも嬉しい気持ちになりました。

丘の上の一本桜は
花びら一枚一枚の間を撫でる
柔らかい風を感じました。


「丘の桜さん、こんにちは」

「春の風さん、今年も一層穏やかそうでなにより、こんにちは」

「桜さんも今年もこんなに淡く綺麗な花を咲かせて
 良いお召し物をしていますね」

「春風さんはお褒めの言葉がお上手で」


桜は中に浮くように
花びらを右へ左へゆらかしながら明るく静かに笑いました。
春風はにわかに喉が熱くなって
一層暖かな風を吹かせました。

桜の木を見ていると
いつもどこかが歯がゆくて
ホウと少し柔らかい風が出るのでした。

「今年は春風さんが早くに来てくれたものだから
 みんなも幾分穏やかそうにしているよ」

しっかりと根を下ろしながらも丘の桜は
ぐるりと一周するように花びらを数枚
撫でるように散らします。

そんな風にして桜と春風は
たんぽぽが桜の花びらを紅にしようとしていることや
海の船がいつもよりゆっくり進むことなどを話しました。

桜と別れたあと風は
くるくると渦を巻いていきます。


ほのかに残った桜の花の香りを
ずうっと残すかのように手のひらの中へしまいました。
それから幾日経った日のこと。

春風が雲の上で
大きな欠伸をしていると
突然長い時間使い込んだ布のような色をした雲が、
白電灯を連れてやってきました。


それを見ていた春風は
急いで雲を吹き飛ばそうとしましたが、
あまりに雲が重いので
春風を飲み込むように吸い込まれてしまいました。

頭がぐるぐると何べんも回って
手や足がどうかしたようにぴりぴりとします。



そうして気が付いた時にはもう朝になっていました。
春風は昨日のことを思い出してぶるっと震えながら
雲の下へ走りました。

すると波はいつものようにおだやかに流れていましたし
つくしもいつもと変わらず背比べをしていました。

まるで昨日のことが嘘のように思われます。

ふっと一息つくのと同じくらいに春風は
今度は急に胸の中が苦しくなりました。

流れるように飛ぶように
春の風は丘の上へ向かいました。

すると

丘の上にはたくさんの花びらが散り
海の上には金平糖をまいたように
まだらに花が漂っていました。

そして桜は眠ったように枝もゆすりませんし
動きません。


春風は泣きました。

大きな風や細かい風など気にならないかのように
桜の木に溜まった雫を散らすように泣きました。

灰の雲に巻き込まれた春風は
鋭い風になり町に吹いたのです。

何べんも何べんも泣いたあと
ふいに肩に付いているものに気が付きました。

ためしにそれを吹き上げてみると
浮いたそれはどこまでも穏やかな
桜の花びらでした。


花びらは昨日の夜に吹いた時
そのまま付いてきたものでした。

小さな花びらは破れもせず
汚れもせず
風にそっと付いてきたのです。

その花びらを見ていると


「また春になったなら」


という言葉が刻まれているように思えました。
春風はほのかに残った桜の香りを取り出して
花びらと一緒にまた手のひらにおさめました。

そして春風は小さく悲しげに微笑むと

漂うように

流れるように

宇宙をしぼった空を残して
南風の中へ消えていきました。

※この小説(ノベル)"春のかたみ"の著作権はHobさんに属します。

この小説(ノベル)の評価
評価項目評価数
合計 0
[広告]

この小説(ノベル)のURLとリンクタグ

この小説(ノベル)のURL:
この小説(ノベル)のリンクタグ:

コメントを書く

登録済みのユーザーは ログイン してください。
登録済みでない方は 新規登録 してください。

新規メンバー登録(無料)
第4回みんなのライトノベルコンテスト「しまのわライトノベルコンテスト」
  • 公式サークル みんなの歌詞
  • 公式サークル みんなの詩(ポエム)
  • 公式サークル みんなの小説(ノベル)
  • 公式サークル みんなのイラスト
  • 公式サークル みんなの写真(フォト)

ランキング

※ここでは2018年5月17日のデイリー表示回数ランキングを表示しています。※同順位者が多すぎる場合はすべてを表示しきれない場合があります。

サポートサイト

J@P