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小説(ノベル)

ソロボーカル 白嘉(HAKKA)の人生史 (執筆中)

作:ソロボーカル 変態紳士 白嘉(HAKKA) / カテゴリ:未分類 / 投稿日:'16年3月26日 22:08
ページ数:9ページ / 表示回数:回 / 総合評価:0 / コメント:0件

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?誕生から右目の失明発覚まで

1980年3月2日。
僕は、福岡県糟屋郡志免町の病院で生まれた。

僕の両親は、佐賀県で生まれ育ち、長崎の端島(軍艦島)に住んでた事もある。
両親ともに祖父母も親戚も、端島(軍艦島)に住んでた事がある。
そのため、親戚で集まってる時は、端島(軍艦島)で生活していた時代の想い出話をよく聞いた。


僕は、物心ついた頃から右目が失明している。
しかし、いつ右目が失明したかは分かっていない。
右目が失明していることに気付いたのは、小学2年の視力検査の時。
左目を黒いやつで隠してる時に、僕が全く見えなくて、黒いやつをずらして検査しようとしてた事に先生が違和感を感じ、それがきっかけで両親も僕の右目が失明していることを初めて知った。

産まれた時に右目が失明していたら、病院から言われるはずなので、子供の時に何かしらの出来事で、右目が失明したのではないかと思う。
親がずっと気付かなかったのも、僕が普通に生活できてたからだと思う。


右目の失明が判明してからは、途中で辞めてしまう言い訳として、僕は目が見えないから出来ないと、よく言っていた。
その言い訳を使うと、親によく『目が悪いんじゃない!お前の心が弱いったい!』と、よく注意された。



小学5年の時、学校帰りに、同級生が投げた小石が左目に的中した。
目の中で血が流れてしまうも、眼球直前で血が止まり、左目の失明は免れた。
しかし、1.0以上あった左目の視力も、0.1以下まで低下した。

その後、小学5年〜中学1年の途中まで、5万円もする眼鏡をかけていた。
しかし、中学1年の学校帰りに眼鏡をなくしてしまい、ウチが貧乏だった事もあり、それ以降親に眼鏡を買ってもらえることはなかった。

※この小説(ノベル)"ソロボーカル 白嘉(HAKKA)の人生史"の著作権はソロボーカル 変態紳士 白嘉(HAKKA)さんに属します。

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