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落木の碑 (執筆中)

作:嘉月 山桜桃 (かげつ ゆすら) / カテゴリ:歴史/時代 / 投稿日:'11年11月12日 19:31
ページ数:1ページ / 表示回数:回 / 総合評価:0 / コメント:0件

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嘉永四年

「篠崎先生、どうなされました」
僕は少し意識が飛んでいたらしい。弟子の義則が心配そうにこちらを見ている。春真っ盛りの書斎。縁側に咲く一本の八重桜が穏やかに花を散らし、その花弁がさらさらと僕の部屋に舞い込んできていた。仕事の山は一向に減る気配を見せない。
「少しお休みになられてはいかがですか」
「そうしようかな」
「ちょうど、江戸湾前の遅咲きの桜が見ごろだそうですよ」
「それなら、ちょっとばかし散歩に行ってくるよ。その間の留守を頼むぞ、義則」
江戸――あの頃はこんな土地に来ることなど考えてもいなかった。そして、この時期は、よく三人で花見をしたものだった。しかし、それもまた遠い思い出になってしまった。
嘉永六年の黒船来航。これが多くを引き起こした。国を開くことに対する二つの意見が国を引き裂いた。国を開くことは、隣国の清と同じ結果になることへの恐怖だったろう。国を閉じることは変化に対する恐怖だったろう。今思えば、共に恐怖から自分を守るために、お互いに傷つけあっていただけだったのかもしれない。その戦いに多くの志士が動かされ、散って行った。多くのことが短い間に、瞬く星のように起こり、人は激流に呑まれた。そんな激動の時代だった。それも、もう過ぎた過去になった。幕府もこの江戸の土地を手放した今、もう、その行く末は目に見えている。新しい時代の幕開けも近いのだろう。
その乱世にあって、僕がこうして生きながらえたのも、奇跡としか言いようがない。僕の選択が正しかったとは必ずしも言えないのは、僕自身が十分承知している。僕の生きてきた軌跡に大きな岐路は二つあった。それが二人の親友と僕を分かつ結果となった。彼らの死は僕に、言い表しがたい悔いを遺した。そして、尊敬する師を守れなかった苦悩もまた、僕の片隅にへばりついて片時も離れない。その喪失感が、僕を新しい時代になじめさせない。そのことを僕は自覚していた。
僕が開く私塾から四半刻。江戸湾を眺め誇らしげに咲く桜の木の根元に、僕は腰を下ろし桜に抱かれながら、目を閉じた。帯刀、宜宗、そして景親師匠――僕は急に目頭が熱くなった。
「勧学堂」――僕の恩師、景親師匠の私塾だ。この塾に入った時に僕の人生が決まったといってもよい。師匠は、洋学の師であった。僕らの藩主、光政様の方針も手伝って、この藩では新しい知識の吸収に寛容だった。景親師匠は、江戸詰めの御徒士だったから、よく舌の回る話しっぷりがよかった。小さな藩では珍しい、その独特の言葉遣いに憧れを抱いていたものだった。この日は確か、嘉永四年秋のことだった。
「よく来たなぁ、若竹」
「あ、おはようございます。師匠」
「おまえは、ほかのやつらと違って学問が好きなんだな。毎日毎日ここに通うなんてよっぽどの変わりもんだ」
「まあ、佳助や福丸にはおかしいとは言われますけど」
「剣術に夢中になってるやつらから見たら、そうだわいな」
そういうと師匠は僕の頭を荒く撫でた。その眼は慈愛に満ちており、その声は弾んでいた。
「おまえは、本当に学問が好きなんだな」
「はい。師匠が僕の知らない、新しいことを教えてくれるのが楽しいんです」
ははっと師匠は声を立てて笑った。つられて僕も微笑んだ。
「そいじゃあ、せっかく来てくれた若竹に特別な講義、してやろうかねぇ」
「ほんとですか!」
「おうよ。おまえさんには何がいいかな…そうだ、海の向こうの話はしたかい」
「いえ、うかがってないです」
「決まりだな、今日はその話をしよう」
「海の向こうって…」
「日本の外のことさ。俺ぁ、行ったこたぁないがね。俺の長崎の友人がさ、海の向こうの国々の本をくれたんだ。知りたいだろう」
「はいっ」
会話に花を咲かせながら、僕たちは縁側に移動した。軒先には紅く色づいた楓の木と黄色く衣替えした銀杏の木がひらひらと葉っぱを風に乗せていた。穏やかな昼下がりだった。
「景親師匠ー」
「若竹、来てないっすかー」
「あ、佳助に福丸!」
「ほうほう、これぁ二人しておそろいで。ここまで若竹を探しになんて、ご苦労なこったいねぇ。せっかく足、運んだんだろ。今からとっておきの講義やるから聞いていきな」
「えー。俺たち、若竹誘って山行くとこだったのに…」
「話、聞いてからでも行けるだろぃ」
「わかりましたよ、師匠」
「おぅ、いい子だ。ま、そこらへんに座ってくれや」
僕だけの特別講義は、幼馴染の佳助と福丸も含めて行われた。それは、師匠が友人経由で入手したオランダの法律概論の書物だった。オランダには憲法という最高の取り決めがあり、それが国の方針を決め、国王であれ憲法には従わねばならない。そして、幕府や大名、武士などは存在せず、人民の意志によって選ばれた代表が議会というものを形成する。この議会が国の施策を決定するのだという。僕は、この事実にひどく衝撃を受けた。この時代には、幕府の方針は自らの政権をどれだけ長く持たせるかにかかっているということは誰でも知っていた。上級武士は、まだ自分の地位に甘んじて盲目的に幕府を信じているかもしれないが、下級武士から百姓に至るまで、そんなことは周知の事実だった。自分の都合しか考えていない幕府。日々深まる下級武士の貧窮。忠誠心の衰えは誰の目にも明らかだった。それなのに、遠い海の向こうのオランダでは人民の幸福のために行われるという。その考え方がとても印象的だった。いつもは居眠りをして叱られる二人も、この日の講義だけは僕と同じように、目を輝かせながら真面目に聞いていた。それほど、僕たちにとって海の向こうの国の話は衝撃的だったのだ。
「兄上、お邪魔します」
「あぁ、凛かい。いいところに来た。この三人に茶と菓子を用意してくんないかぃ」
「わかりました」
「そいじゃぁ、凛も持ってきたらこいつらと一緒に手習いでもしぃや」
「うん」
畳を踏む軽快な足音を立てて、凛を呼ばれた少女は縁側から台所へ駆けていった。
「師匠、あの子は誰なの」
「俺の妹だよ」
僕はずっと凛の出て行った先を見つめていた。桜のように可愛らしい少女だった。彼女が戻ってくると、僕たちは菓子を片手にみんなで茶を啜った。
「師匠、今日の講義はなんかすごかった」
「そうかぃ、うれしいねぇ。俺としちゃぁ、佳助と福丸が話の最中に寝なかったことが驚きだけどさ」
「ふふっ」
「俺たちが不真面目だって言いてぇのかよ、師匠は」
「そうだけど、なんか間違いでもあるのかい。若竹と比べちゃぁ、おまえさんらは不真面目だろうが」
「若竹と比べちゃ俺たちなんか落ちこぼれだよ、師匠」
「そんなことないよ。佳助も福丸も僕より剣術の腕はいいじゃないか」
「へへっ、ありがとよ」
「そんなに調子に乗ってると兄上に怒られますよ、佳助様。若竹様を見習えって」
「凛ちゃんまでそう言うのかよ」
「おまえの馬鹿さは、みんな知ってるんだ。いい加減気付けよ、佳助」
「福丸だって、俺と同じだろうが」
「おまえと同じにすんな。俺はただ不真面目なだけさ、やりゃぁできる」
「佳助も福丸もつまらん争いはやめなや。おまえさんら、どんぐりの背比べしとるんやない」
「はははっ」
にぎやかな笑い声が一室に響いた。半刻ほど休んだ後、僕たちはいつものように手習いと朱子学の講義を受けて、師匠の私塾を後にした。結局山には行かなかったっけ。もう、そのころには夕日が砂利道を照らしていた。僕たち三人とも今日の興奮は冷めやらで、内心燻り続けるものを感じていた。少年たちの胸には、将来の希望がむくむくと膨らんでいった。
「僕さ、長崎に出てみたい」
「若竹ならそう言うと思ってたぜ。知りたいこと、多いんだろ。でもな、俺はやっぱり江戸に出たい」
「うん、もっと知りたいんだ。いろんなこと。佳助は江戸に出て何をしたいんだい」
「そうだな、剣術道場を開きたいってのはあるな」
「佳助らしいや。福丸はどうなんだい」
「俺か。何がしたいんだろうな。俺は、外に出たいよ。長崎とかそんなんじゃなくて海を越えてさ」
「大きいな、さすが福丸っていう感じかな」
「まあな」
期待溢れる夢を抱いた坂道。何もなければすべてはうまくいくと考えていた。こんな平凡な日々が数年のうちに崩されるなんて誰がこのとき知っていただろう。始まりは、嘉永六年六月、浦賀に黒船が来航したことだった。

※この小説(ノベル)"落木の碑"の著作権は嘉月 山桜桃 (かげつ ゆすら)さんに属します。

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